以前紹介した「世界を戦慄させるチャイノべーション」は、中国IT企業の技術進化を知りたい場合や代表的な中国IT企業の製品・サービスをざっと体感してみたい場合にぴったりな本です。
以前紹介した「チャイナテック 中国デジタル革命の衝撃」は、代表的な中国IT企業のビジネス戦略を知るのにオススメです。
本書は、中国IT企業のビジネスモデルが急速に発展したメカニズム、中国IT企業のこれからの課題、日本企業の商機などを知りたい場合に特にオススメの本です。本書を読むと、代表的な中国IT企業の製品・サービスやビジネス戦略も知ることができます。
中国デジタル・イノベーション ネット飽和時代の競争地図
タイトル | 中国デジタル・イノベーション ネット飽和時代の競争地図 |
著者 | 岡野彦彦 |
出版社 | 日本経済新聞出版 |
発行日 | 2020年9月23日 |
本体価格 | 2,500円 |
ページ数 | 425ページ |
本書、「チャイナテック 中国デジタル革命の衝撃」、「世界を戦慄させるチャイノべーション」は、いずれも、中国IT企業を様々な角度から分析し、紹介している点では共通しています。それぞれの本を6つの項目から比較すると、この本は4項目が特に充実しています。
本書のポイント整理
1. (×)中国ITの技術進化について、あまり説明されていません。
2. (◎)代表的な中国IT企業の製品・サービスを紹介しています。
3. (◎)個々の中国IT企業のビジネス戦略について説明されています。
4. (◎)中国政府のIT政策について詳しく説明されています。
1. 中国ITの技術進化(×)
本書は、中国IT企業の技術進化をあまり解説していません。
本書は、中国IT企業のビジネスモデルや中国IT企業が急速に発展したメカニズム(3.4.)を、中国IT企業の製品・サービスを紹介しつつ(2.)、様々な角度から分析し、最終的に、中国IT企業のこれからの課題や日本企業の商機(5.6.)の考察などを述べている点に特徴があります。
中国IT企業の技術進化を知りたい場合には、「世界を戦慄させるチャイノべーション」をオススメします。
「世界を戦慄させるチャイノべーション」は、半導体、AI、5Gなど特定のデジタル技術分野において、中国IT企業と日米企業を比較し、両企業の間でどの程度の技術差があるかなどを解説しています。
2. 代表的な中国IT企業の製品・サービス(◎)
中国の巨大IT企業は「BATH」と呼ばれています。Baidu(バイドゥ)、Alibaba(アリババ)、Tencent(テンセント)、Huawei(ファーウェイ)の4社です。これらはプラットフォーマーであり、このプラットフォームと連携するような形で様々な主要IT企業が活躍しています。
BATHに続く中国の主要IT企業(NEXT BATH)は「TDM」と呼ばれています。Toutiao(トウティアオ;バイトダンス)、Didi Chuxing(ディディチューシン)、Meituan(メイトゥアン)です。
本書、「チャイナテック 中国デジタル革命の衝撃」、「世界を戦慄させるチャイノべーション」は、これら中国IT企業の製品・サービスを紹介している点ではどれも共通しています。
1) 本書は、中国IT企業のビジネスモデルや急成長のメカニズム(3.4.)を分析し、中国IT企業のこれからの課題や日本企業の商機(5.6.)を考察する点に力点が置かれています。その分析・考察の中でBATHとNEXT BATHの製品・サービスを紹介しています。
例えば、本書は、「純粋なECの時代は終わる」とのAlibaba(アリババ)創業者の馬雲氏(ジャック・マー)の言葉を引用しつつ、オンラインとオフラインを融合させた「フーマーフレッシュ」という生鮮食品サービスを紹介しています。
(引用:New Retail(ニューリテール) | サービス | アリババ株式会社 (alibaba.co.jp))
この動画からわかるように、「フーマーフレッシュ」は、消費者が「フーマーフレッシュ」の生鮮食品店舗に出向いて生鮮食品を買い、決済・配達はスマホ処理で済ますというまさにオンラインとオフライン融合サービスです。
本書は、インターネット人口の増加によるネットワーク効果の限界やその先の中国IT企業のビジネス戦略を分析・考察しつつ、その実例の1つとして、フーマーフレッシュを紹介しています。
2)代表的な中国IT企業の製品・サービスをざっと体感する場合には、「世界を戦慄させるチャイノべーション」がオススメです。写真や図が豊富で、わかりやすいです。
3)BATHとNEXT BATHの計7社の製品・サービスを万遍なく知りたいなら、「チャイナテック 中国デジタル革命の衝撃」がオススメです。写真や図があまりなく、ややわかりづらいですが、紹介されている製品・サービスの会社に偏りがないので、BATHとNEXT BATH全体の製品・サービスを概観できます。
3. 個々の中国IT企業の戦略(◎)
1)個々の中国IT企業のビジネス戦略を詳細に知りたい場合、本書をオススメします。
例えば、Didi Chuxing(ディディチューシン)は、配車アプリサービスを中国に展開する会社です。配車アプリサービスは、Uberが有名ですが、Uberは中国進出したものの先行するDidi Chuxing(ディディチューシン)との競争に負けて撤退しています。
ライドシェアサービスで急速にDidi Chuxing(ディディチューシン)が普及した理由は、テンセントのプラットフォームを利用した運転手と乗客の集客力、AIによる運転手と乗客のマッチング、ルール徹底によるサービス品質の向上です。本書はこのようなビジネスのメカニズムを説明しつつ、Didi Chuxing(ディディチューシン)のライドシェアサービスを説明しています。
製品やサービスには必ずメカニズム(ビジネス戦略)があります。本書はこのビジネス戦略を細かく分析・考察しつつ各社の製品やサービスを紹介しているので、「裏話」を聞いてるような臨場感を感じさせてくれます。
引用:DiDiで今までにない移動体験を | DiDiモビリティジャパン株式会社 (didimobility.co.jp)
はじめましてDiDi(ディディ)です
配車プラットフォームとして、タクシーに「乗りたい」と「乗せたい」をアプリでマッチング。AI(人工知能)を活用した高度な分析・予測テクノロジーで、タクシー配車の最適化を実現し、今までにない移動体験を提供します。
DiDiで今までにない移動体験を | DiDiモビリティジャパン株式会社 (didimobility.co.jp)
DiDiは日本にも進出しています。ここで「AI(人工知能)を活用した高度な分析・予測テクノロジーで、タクシー配車の最適化」と案内されていますが、AIの活用の前にちゃんと配車側と乗車側のプラットフォームへの集客を代表的なプラットフォーマーであるテンセントと協同して達成しているという戦略はこの案内から読み取れません。この本は、中国IT企業の製品・サービスのメカニズム(ビジネス戦略)も一緒に説明してくれるので、中国IT企業の製品・サービスを深く理解することができます。
2)個々の中国IT企業のビジネス戦略をざっくり知りたい場合、「チャイナテック 中国デジタル革命の衝撃」がオススメです。
Baidu(バイドゥ)は、中国の検索プラットフォーマーですが、”劣勢のため、バイドゥは2014年頃から、多角化戦略へ舵を切りました”(引用)というように、製品やサービスの紹介の中で自然に簡潔にビジネス戦略が紹介されています。
4. 中国政府のIT政策(◎)
中国政府は共産党の一党独裁です。国民から政府が信頼されるために経済成長は必須。
鄧小平の改革開放から始まった中国の爆速成長は、国民の水準が向上することでやや陰りが見えています。一般的に、一人あたりのGDPが3,000ドル~10,000ドル付近にいる国が先進国になれない現象を「中所得国の罠」と言います。中国の一人あたりのGDPは10,000ドル付近なので、先進国入りするには中国内のビジネスの高度化が必須です。
1)本書は、中国IT企業のビジネスモデルや中国IT企業が急速に成長したメカニズム(3.4.)を様々な角度から分析する際、中国IT企業の成長メカニズムと中国政府のIT政策の関係性を解説しています。
現在、中国政府は、中国生活レベルを「量から質へ」転換しようとしています。中国政府は、ITビジネスの成長を転換の1つの突破口とするため、中国政府がインターネットプラス政策を掲げて推進しています。
本書では、インターネットプラス政策の担い手がプラットフォーマー(代表的にはアリババとテンセントの2社)であることや中国政府の政策がどのように中国IT企業の成長を後押ししたのかを説明しています。
5. 他国と中国IT企業との関わり(○)
1) 本書は特に日本企業にチャンスありというスタンスです。日本企業のビジネスマンはどのように中国IT企業(特にアリババやテンセントなどのプラットフォーマー)と協働すればよいかを本書を通して学ぶことができます。
2)tiktok, 荒野高度, 配車アプリなど、日本にも中国IT企業の製品やサービスが浸透してきました。中国IT企業の海外進出をざっくり感じるには、「チャイナテック 中国デジタル革命の衝撃」がオススメです。
3)現在、米中は激しい争いを続けていますが、Huawei(ファーウェイ)に対する米国の制裁措置のように、米国VS中国IT企業の戦いが強くなってきました。この熾烈な戦いの背景について簡単に知るには、世界を戦慄させるチャイノ べーション」がオススメです。
6. 中国IT企業のこれからの課題(◎)
「中国IT企業のこれからの課題」が本書の一番言いたいことのようです。つまり、小売りや物流分野に限った単純なネットワーク効果が限界に来ており、その先を中国IT企業が模索しているという現状を語っています。
テンセントやアリババの著しい成長を見ると飲み込まれてしまいそうな気分になりますが、本書の著者はネットワーク効果の限界から、この先、中国IT企業が、例えば、他の産業のデジタルトランスフォーメーションを進展させる意義や難しさを説明しており、なんとなく「ホッと」します。
今後、中国IT企業がどの分野に投資し何を得ようとするかを理解する意味で本書は有用と感じます。
自己採点(満点:☆☆☆☆☆) | |
読みやすさ | ☆☆ |
分かりやすさ | ☆☆ |
お役立ち度 | ☆☆☆☆☆ |
ストーリーの一貫性 | ☆☆☆☆☆ |
推奨度 | ☆☆☆☆ |
参考図書
「世界を戦慄させるチャイノべーション」日経ビジネス編(日経BPマーケティング)
「チャイナテック 中国デジタル革命の衝撃」趙 瑋琳 (東洋経済新報社)